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ブログ
2026年01月13日
再び坂の上の雲
こんにちは。
いんさつの咲々屋マスコットキャラクターの咲子です。
今月は再び坂の上の雲ミュージアムの展示会のご案内です。
2026年2月15日(日)まで、第18回企画テーマ展示「あしは、”何“になろうかー『坂の上の雲』にみる明治の気分」が催されています。
近代国家として歩み始めた”明治日本“では社会や制度の変革により、多くの人々に新たな道が拓かれます。若者たちは激動の時代の中で強い昂揚感を抱き、「自分はどの道を進むべきか」を自問自答しながら、数々の挑戦や挫折を経験します。青少年期の秋山好古・真之兄弟、正岡子規ら3人の主人公が自己の確立を求めながら成長する姿を描いています。
あらすじ紹介
松山の下級武士の家に生まれた秋山好古。「貧乏がいやなら、勉強をおし」と父から言われ、学費が無料である大阪の師範学校に入学する。その後、やはり無料で学べるというだけの理由で陸軍士官学校騎兵科に転じた。しかし、当時の日本には騎兵どころか馬すら十分に存在していない。彼は一から「日本騎兵」を育てていくことになる。
好古の弟 秋山真之も上京して友人の正岡子規と共に文学の道を志す。しかし、兄に学費を頼る生活に引け目を感じた真之は、大学予備門を中退し自らも無料で学べる海軍兵学校へ入学した。そして兵学校を首席で卒業し、渡米して海軍戦術の研究に没頭する。日露戦争における日本海軍の戦術はこの時に生まれたと言っても過言ではなかった。
『春や昔十五万石の城下かな』 明治二十八年、松山に戻った正岡子規は故郷の人情や風景ののびやかさを、のびやかなまま詠いあげた。
立身出世を志して上京した子規。やがて文学の道へ進むことを決意するが、肺結核に冒されて病床での生活を余儀なくされてしまう。しかし、彼は死と向かい合いながらも筆を執り続け、旧弊と戦い続けて俳句・短歌の革新を成し遂げていく。明治三十五年、子規は志半ばで息を引き取る。その夜は十七夜の月が輝いていた。
明治三十七年二月、日露戦争が勃発。好古は自ら育て上げた騎兵を率いて各地でロシア軍のコサック騎兵と死闘を繰り広げた。そして翌三十八年一月、日本軍左翼を守る秋山旅団の前に十万を超えるロシア軍が襲いかかる。「一歩も逃げない」その信念だけで戦い続けた好古は日本軍を壊滅の危機から救い、決戦の地 奉天へ向かった。
明治三十八年五月二十七日、霧が立ちこめる日本海にロシアのバルチック艦隊が姿を現した。連合艦隊の参謀に抜擢された真之は、連合艦隊の旗艦三笠に乗艦し迎撃に向かう。午後一時五十分、三笠にZ旗が掲げられた。「皇国の荒廃、此の一戦に在り。各員一層奮励努力せよ」― 国家の命運を賭けた大海戦の火蓋が切って落とされた・・・・。

みなさんも、坂の上の雲ミュージアムに行ってみませんか。
